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モケレンベンベ・プロジェクト
by mokelembembe
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高知の桃の実

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『桃の実』に登場する女学生と同世代の、高知の元女学生がたくさん公演に来て下さった。
実際、彼女達も高知空襲を経験しておられる。

ちなみに、高知空襲がひどかった所は龍馬さんの生誕地付近で、今は石碑だけになってしまった。空襲で焼かれた家が今も残っていたら、どれだけの観光スポットになってただろうと思うと、あーもったいない!戦争は、何だって破壊してしまうんだ。

今回の旅では、各地の空襲についても地元の方と語り合えたらと考えています。高知で直接体験を聴かせてくれる方は見つからないかなと思っていたら、何と、山ちゃんのお母さんがその方だったのだ!
山ちゃんは、劇団時代に一緒に旅した昔の仲間。
私達が退団する少し前に、お父さんが倒れて高知へ帰り、学習塾を継ぎ、今は一人で170人の生徒を教えてるという立派な「先生」である。

20数年来の再会!なのに今回、仕事の合間に駆けずり回ってくれて、高知公演は山ちゃんによって何とか成立させて貰った。
その母上が、当日たくさんの同級生を連れて観に来て下さった。
現在も続く歴史ある女学校に通っていた当時のお話を聞くと、やはり学校は学校ではなくなり、皆で毒を入れる紙風船を作っていたそうだ。
それも日本の武器として、アメリカに飛ばしたというが、想像しただけで虚しくなった。
虚しい武器をせっせと作らされていた青春時代。彼女達の想いはどんなだったろう。家も焼かれ逃げ惑い、命からがら爆弾を逃れた経験もしたという。目の前で明るく笑う80代の女性の歴史を想像した。

「いいお芝居で感動しました。又高知へ来てね!」と、元女学生から帰りに本物の桃の実を貰った。高知の桃の実。やさしく甘い香に、感動をこちらが与えて貰った。

公演窓口を担ってくれた岡村さんも、最後の回にご乗車下さり、かわいい小夏をお土産にくれた。
高知の皆さんありがとうございました。若い学生さんもたくさん観てくれて「来年も待ってるから!」と言って下さり、もう泣きそうでした。

またいつか行けるかなぁ。モケレは虹とともに現れるものだから、またいつになるのかなぁ。行けたらいいなぁ・・・(Y)
# by mokelembembe | 2010-06-15 09:54

鹿児島のエナジー!

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『桃の実』大阪公演の次の週は鹿児島公演。
今度はコースが全然違う状況で、交通局の車庫から出発(道路に出る時信号待ちがある)、谷山終点で運転手さんに即移動して貰い(どこの場面であっても劇中車内を横切っていただく)、折り返して鹿児島中央駅経由でぐるっと回って、交通局に戻るという特別コースを走っていただいた。

私達役者は全員、新たなバージョンに対応しながらハラハラドキドキ。
また、数日前に歓迎?の桜島大噴火による灰にまみれ、各回プチハプニングを勃発させながら、それでも公演はまたまた満席で盛況に終了した。

運転手さんは毎回違い、特別に貸して下さった古い警鐘をちゃんと練習して響かせてくれた方や、ご協力願いに戸惑いを隠せない方、「運転しながらセリフ聴いてました。いいお芝居ですね!」と後で声かけて下さった方、色々だった。

私達の不安や疲れを和らげて下さったのは、地元応援者・鹿児島『桃の実』実行委員会の皆様方。
まず初日に歓迎会。温泉入って楽しく飲んだ後、さわやかなパンチの効いたキーマカレーが実に旨かった!

宿泊は、船倉さんのお宅に皆で雑魚寝。翌朝起きると奄美郷土料理でじっくり煮込む鳥ガラスープをかけていただく「鶏飯」の贅沢な朝食が待っていた。(郷土料理)
二泊目も手の混んだサンドイッチにスープ!体も心も温まり、芝居のエネルギーを貰った。

帰る日は忙しく打上げできないからと、次の夜も飲み会で又皆さん集まってくれた。
私達の持って行く芝居は小さい。だけど、そこにまつわるたくさんの出会い、それぞれの想いの交流は、かなり大きいぞ!と実感しながら鹿児島を後にした。

鹿児島の皆さんありがとう!!ああ、またいつか行けるかな・・・(Y)
# by mokelembembe | 2010-06-09 12:08

大阪・阪堺電車公演!

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モケレ初の大阪公演!どうなることやら不安でいっぱいのメンバーは、公演前日の夕方、コース下見に出掛けた。

神様はお昼には寝てしまうらしいから、暗くなってから来てもしゃーないかな?なんて言いながら、公演の成功祈願とお騒がせのご挨拶に、住吉大社へお参りした。
奥へ進むと、太鼓橋が美しくライトアップされていた。暗くても全然怖い感じがしないから、ここは絶対パワースポットだぞ!などと喜びつつ、橋は意外に高くて上り下りが怖かった。
明日あさって、真ん前を何度も電車で通ります。どうか素敵な小旅行になりますように。大阪でご乗車くださる皆様の心に温かいものが届きますように・・・

景気づけに、皆で「やろく」の玉子コロッケを食べてエネルギー充電!

その準備がよかったのかな?いやいや、一ヶ月前には予約がスカスカだったのを、窓口の松本工房さん、鉄道カメラマンの松本さん、歌手の大塚まさじさん、奥様で私達の黒テント時代の先輩である真理さん、堺市・守口市の市議会議員さん、など地元の方々の温かいご協力により、まさかまさかの各回満席!!にて無事公演は終了しました。
コースが少し短いため、笑える場面をことごとくカットしての上演だったのに、皆さんしっかりメッセージをキャッチして下さった。戦争体験者の方々も「あなた達の姿、リアルで懐かしかったよ!よく想像で再現したね!」と元気に励ましてくれた。大阪の方々は笑い本位じゃなくて、真面目なんだなー!と知りました。

それもそのはず大阪はかつて、何度も空襲でやられた街だそうだ。悔しいのは、終戦8月15日の前日の空襲。負けるとわかっていたのに爆弾を落とされた。なぜなのか?落とした国に聞いたらば、単に爆弾が余っていたからだそうだ。人は人の命を何だと思っているのだろうか?大阪は、たくさんの悔しさを笑いに変えて乗り越えてきた街なのかもしれない。

帰り道の折り返し電車で、全駅に貼ってくれてた『桃の実』ポスターをひとつひとつ見ながら、大阪の皆さんとの温かい出会いの感動を、そっと胸にしまい込んだ。(Y)
# by mokelembembe | 2010-06-04 11:17

Tちゃんの花束

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〜チンチン電車で心の小旅行〜『桃の実』東京公演は、7月17日(土)2時発に決まった追加の回を残して一旦無事に終了した。各回何かしらハプニングがありながら、満席で盛況に公演ができたこと。初日の特別企画、中川文子さんのお話や、上野の「広島・長崎の火」へも参加して下さった方が思ったより多かったことは、旅の大きな励みとなった。

ほんのひとときの触れ合いかもしれないが、色んな人と普段と違う時間を共にして、想いを共有できるのはやはり楽しいこと。「暗い気持ちに覆われて、生きている時間を楽しまなければ、原爆に負けたことになる。」というのは、長崎の和田さんからお聴きした言葉・・・

東京公演の4回目は雨だった。過去不思議と雨に当たることがなかったから不慣れで、傘対策や道具の処理にバタバタ!終演後ろくにお客様ひとりひとりに挨拶することもできなかった。ごめんなさい!

そんな中、いつも必ず観に来てくれる幼なじみのTちゃんが、大きな花束をくれた。花より団子の似合う私でも、やはり嬉しかった。「桃の実は3度観たけど、今回が1番グッと来たかも。ありがとうね。」と忙しそうな私達に遠慮しながら言ってくれた。昔から優しい人柄である。

幼なじみといっても、Tちゃんとは小学校1、2年しか同じクラスになったことがない。たまたま家が近く帰り道が一緒だったのと、三人姉妹という共通点で、2年間はよく遊んだ。
Tちゃんは学校では、しょっちゅう男の子に泣かされていた。Tちゃんの「えーん、助けて〜。」というか細い声がどこからか聴こえると、男の子より足が早くケンカも強い私が風のように駆け付けて、いじめる男の子を片っ端からボコボコにした。そんな調子だったから、クラスが別れて遊ばなくなっても、Tちゃんは泣き虫のおとなしい女の子とばかり思っていた。

Tちゃんは中学の時、引っ越しのため転校して行った。高校も違うし、本来なら疎遠になるはずだった。ところが、なぜか何かの節目節目に道端や電車などでバッタリ遭遇した。

私が演劇の道へどう進むか悩み多き高校の時、Tちゃんはバンドをやっていると楽しそうで励まされた。私が劇団に入り貧乏でヘロヘロになっていた時、Tちゃんも仕事で失敗ばかりだと話してくれた。私が劇団を辞め10歳以上年上の男と結婚するんだと言うと、私も同じと言って、彼女も10歳以上年上の、明るい性格の男性と結婚した。
モケレの公演は、どんなに忙しくても欠かさず、時には旦那様も一緒に来てくれた。チンチン電車公演の最初の作品づくりにも協力してくれて、初めて電車で試演した時もご夫婦で、お花を抱えて観に来てくれた。
旦那様は私のことを「力のある役者さんだから喜劇をやったらきっと面白いよ!」と言ってくれた。その時、旦那様はかなり痩せておられた。ガンだった。

よし!2作目はもう少し喜劇的要素を入れようと考えたが、下敷きの『青い鳥』があまりに深い物語のため、台本作りに丸一年掛かってしまった。やっと上演できることになった時、Tちゃんの旦那様はすでに歩けなくなっていた。Tちゃんは看病の合間にも観に来てくれたので、ビデオに撮って渡すと、旦那様は病室で「やっぱり面白いなあ!」と食い入るように観てくれたそうだ。
程なくして、旦那様は亡くなった。私は数回しかお会いしたことがないくせに、亡きがらを前に泣いてしまった。
Tちゃんは毅然として「泣かないで」と励ましてくれた。その時、「あれ?Tちゃんて、何て強い女性なんだろう!いつの間にか子供の頃とまるで逆になっちゃったじゃないかー!」と思った。
Tちゃんは今、旦那様の経営していた渋谷のど真ん中のお店を引き継ぎ、店長をやっている。
相変わらず優しい人柄で、「店長はどこだ!」と怒るお客に「私です。」というと、ズッコケられるそうだ。
そのしなやかなたくましさに圧倒され支えられ、私は泣きながら旅に出るのです。(Y)
# by mokelembembe | 2010-05-24 15:02

旅の始まりへ向けて

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いよいよあさってスタートする全国8ヶ所の『桃の実』の旅。
各地で、原爆だけでなく空襲や戦争そのものについて、皆で考えたり話したりできたらいいな、と思います。真面目腐るんじゃなくて、身近なこととして。時に笑ったり歌ったりしながら・・・

東京初日は終演後に、下町大空襲の体験を、先日知り合った中川文子さんにお話していただく。
そのあと地下鉄で上野へ移動。東照宮内に燃えている「ヒロシマ・ナガサキの火」を尋ねる。

広島・長崎のゴールまで、今回の旅を見守ってくださいと。・・・

今日は天気もいいので、三ノ輪橋から歩くコースの下見に出かけた。

あらためて説明文を読むと、モニュメントが上野に設置されたのは1990年の夏だそうだ。実に、モケレンベンベ プロジェクトの誕生と時が同じである。
この火の存在は、一昨年の『じじばば〜』で東京大空襲の戦跡巡りをするまで知らなかった。

かわいらしいモニュメント。

しかし何故、東照宮の中なのだろうか?
徳川家康が神として奉られてるという金ピカのお宮は、文化財というが何だか重みがない。
工事のためか、現在はバックが書き割り(絵)になっていて、余計に笑える。

私は子供の頃から年号を覚えたりする歴史の勉強が嫌いで、流行りの歴女に怒られそうだが、隣に家康がいたら「あまりセンスはよくないですね」と言いたい気がする。

帰りは喫茶去に寄り、これまたかわいいあんみつをいただく。
エネルギー充電して、さあ出発!(Y)
# by mokelembembe | 2010-05-13 17:03

竹の子掘ったどーっ!

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〜チンチン電車で心の小旅行〜『桃の実』公演を控え、いよいよ実際の電車での試演を目前にしている忙しい時に、愛兎のサスケが病気になった。

身体が少しでも濡れるのを嫌う兎がその朝、なぜかお尻をびしょびしょにして震えていた。
体温は下がり、いつもは抱かれたら素早く逃げる俊敏のサスケが、腕の中でぐったりしてしまった。

病院に飛んで行き、点滴を打って貰うと、段々元気になってきた。体力が落ちて危険なため検査もできず、原因はよくわからないが、兎にとって注意が必要とよく聞く「毛球症」が疑わしいとのこと。

この季節、大量に抜ける毛を毛繕いで飲み込んでしまい、お腹に溜まってしまうのだそうだ。
対策は、毛の処理に気を使うこと。パパイヤなどの繊維質を含んだ餌をあげること。

ここのところ私達は、公演の準備で頭が一杯だったから、サスケに辛い想いをさせて申し訳なかった。
小さな命だけは助けることができ大分ホッとしたのだが・・・
その次の日に、今度は両親が「千葉の勝浦の朝市と、竹の子掘りに連れて行ってよ!」と言う。

ハァ、この忙しい時に!?と思いつつ、大分老いて長距離はちょっと自信がなくなった父に代わり、運転してあげるしかなかった。早朝出発で降ったり止んだりの雨もうまくかわし、朝市と竹の子掘りの目的を果たしてまだ日の高いうちに帰って来ることができた。

親孝行で仕方なく行った日帰り小旅行だったが、朝市の買い物は楽しく、山菜を採ってきて売っているおばさんから好物の「のびる」をオマケでもらっちゃったりした。移動中、雨雲の切れ間から光が差すと、春のやさしい色合いの山々が何とも美しく輝き、心がほっこりした。

竹の子掘りは、結局途中で雨が降ってきたから、地元のおじさんが掘ってくれた。かえっていいのが手に入っちゃった。それはアク抜き不要の、やわらかい新鮮な甘い春の味だった。

ひとつのことに打ち込むのは大切なこと。だけどやっぱり突っ走りすぎると、足元の大切なものを見落としてしまう。走ってもちょこちょこ立ち止まり、季節の変化をよく見なくては・・・私達もサスケと同じ、小さな地球の子供なんだ。
竹の子がうまい!うまい!と純粋に喜ぶ親達に、また教えられた。(Y)
# by mokelembembe | 2010-04-25 12:19

さくらサクラ桜

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我が家の周りの通りは、あっちもこっちも桜並木だ。
木が植えられてから30年以上にはなるから、今では桜のトンネルになっていて、楽しい。遠くから見に来る方もいらっしゃる。

日曜日は通行止めにした道路で、賑やかに町内の宴会が催されていた。(私達は横目で見ながら小道具担いで稽古へ向かった)

満開の花びらが、粉雪のように舞う中を歩くと、意味もなくほんわか嬉しくなる。
静かになった深夜、窓を開けるとかすかに桜餅のような甘い香がする。
花の後に出てくる新芽の黄緑も、清々しい気持ちになる。私は春の生まれだからか、尚更この季節は、冬眠から覚めたように気合いが入る。

だけど実は三年前に『桃の実』初演で戦争について深く考え始めてから、私の中で桜のイメージが悪くなっていた。

軍歌にはやたら桜が出て来るし、「散る美学」が日本特有の特攻隊によくあっている。とか聞くし。戦争を賛美する象徴に桜が利用されているようで嫌だなと思っていた。

それは、近年お天気の具合で咲いたらすぐ散ってしまってたから、ますますそういうイメージを感じてしまったのかもしれない。

でも今年は長く散らないでいてくれた。こんもり咲き誇る花を眺めながら、やっぱり桜は豊かな春の象徴!「日本人特有の散る美学」なんかじゃないよ!と、カメラ片手で桜に見とれながらすれ違って行った外人さん達を見て、ますますそう思った。(Y)
# by mokelembembe | 2010-04-13 10:29

鹿児島と新たな出会い

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九州の中でも行き来が不便だった長崎〜鹿児島の、乗り換えなしの直行バスが運よく開通し、長崎ワークショップの後、鹿児島へ行くことができた!

実に20数年ぶりの鹿児島。バスが着いた所には、劇団時代の先輩が待っていてくれた。
20数年前に帰郷した先輩とも、それ以来の再会である。

一緒に全国を旅巡業してた頃はドライバーではなかった先輩が、車で走り回り新聞社や事務所へ片っ端から連れて行ってくれ、色んな人に逢わせてくれた。

鹿児島市交通局の事務所へ行くと、車庫を案内してくれて、最近は出番が少なくなった古い車両を公演で貸してもらうことになった。鹿児島のチンチン電車といえば昔はこれだった!というオリジナルカラーの電車である。地元の方々も「懐かしいね」と喜んでくれるかもしれない。

ちなみに、鹿児島の線路に芝生が敷いてあり、昼間は日の光が当たってキレイなのだが、これは2年前に多額を投じて緑化したものだそうで、夏の路面の温度は大分違うそうだ。これぞエコ!!
何より緑化を思い切って実行した心意気がかっこいい!すごいぞ鹿児島!!

夜は実行委員会の一人になって下さってる森さんのお店「コーナーポケット」へ。
ジャズの流れるお店に8名も集まってくれて、初めてお会いするのに皆さん温かく迎えて下さった。
楽しく飲みながら話しながら、皆でポスターを貼る準備をしたり、チケットを分けたり、協力してくださった。
感激!

そして、チェーン店じゃなく地元のお店がいいなという私の要望に応えて、美味しい物ばかり食べさせてもらった。

最後に、「よし、あの店に行こう!」と先輩が連れて行ってくれたのは、のぼる屋というラーメン屋さん。
何でも、かの森進一が若い頃働いていたとかだが、中に入ると大きな鍋が並び、整然としている。
メニューは唯ひとつ「ラーメン」。
おばあさんが二人並んで丁寧にかき回して作ってくれる一杯は、神聖なる一杯に思えた。
どこにもない、鹿児島のこのお店にしかない味を無言ですすった。
しかしながら、なみなみお汁が入っているので、残さず飲み干すことができなかった。ごめんなさい!

「県外の人」には、みかんとボンタン飴と桜島の写真のお土産をくれた!またまた感激!

私は今回鹿児島に、初めて行ったような気がした。

西日本新聞に鹿児島公演の記事が掲載されました。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/162923

南日本新聞にも。
http://373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=23243
(Y)
# by mokelembembe | 2010-04-06 09:53

ああ楽し!長崎

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散歩の途中で見つけたのは、有名な眼鏡橋の近くの、「そうじゃなくて!」とツッコミを入れられるために作られたとしか考えられない眼鏡橋。

裏路地の道路と普通の民家の間に流れる小川にかけられているのだが、ジョークにしては大掛かり。どういう経緯で作られたのか妙に気になる橋である。

続いてハトシ。
どこのお店にも大抵あるメニューらしいが、食パンに海老のすり身を挟んで揚げたもの。
サクッと、ほんのり甘くて美味しいが、日本酒との組み合わせが私には新しい感覚だった。

それから頭に龍を乗っけた王様。何か面白い!

キビナゴの輝きも眩しく、まさにキラキラと魅力満載の長崎。
何回行っても驚きの発見は尽きません!!(Y)
# by mokelembembe | 2010-03-28 11:03

龍馬さんの歩いた長崎

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長崎電鉄OBの和田耕一さんを囲んで、高校生一万人署名活動の子達と大学生と一緒に演劇ワークショップを開催した。

朝ウォーミングアップに築町から散歩。どんどん歩いて日本で1番古い唐寺を見に行くと、亀山社中後と道案内が。

ほぉ、ここも龍馬さんが歩いた道なのか〜どれどれと、登り始めてびっくり。

行けども行けどもたどり着かない!!汗だくでやっと到着すると、小さなお家だった。

高台から見下ろす景色は絶景。
龍馬さんの見た景色か〜と感じ入るも、後から地元の方に聞いた話では、そこが本当に亀山社中後と断定できるかはわからんとか。
そんなに堂々と闊歩できる立場じゃなかったそうだから。
それに龍馬は、あちこち飛び回っていたから、あまりそこに居たこともなかったとか。・・・

詳しい歴史は想像が繋ぐものなのかな?(Y)
# by mokelembembe | 2010-03-26 18:55


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