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モケレンベンベ・プロジェクト
by mokelembembe
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横浜帰港!

11/1、クルーズ最終日の朝日。ピカッとまぶしいな。なんだかんだ、いい旅であったのだ。
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船出は台風でこの橋をくぐった。帰りもハリケーンで10月末の帰港予定が延び、深まる秋の夕焼けに照らされつつ、ただいま~。
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やっぱこの海は世界一汚いや!きれいな海の色を見て来たから、あらためて黒い海が異常に見える。
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タグボートから水が噴き出すなんてのは、他の地では見なかった。技術の発展の末に、海が汚いのかなあ?とか旅の終わりに考える。
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ビルが乱立して景観もヘンテコな日本に、ともかく無事帰ってきたのだ。長い旅は夕暮れとともに終わりゆく。
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お世話になりました。オセアニック・ピースボート!
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ぐるっと世界を一周したら、日本は特殊な国だとよくわかった。閉じこもっていたら、それはきっとわからなかっただろう。ありがとう!すべての出逢いに感謝。(Y)
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by mokelembembe | 2012-06-20 13:43

マンサニージョ!

アカプルコ寄港の後、2日後には最後の寄港地マンサニージョに着く予定だった。しかし、巨大なハリケーンが接近しているので、沖で待機するようにという連絡が入り、船は数日間洋上で漂流していた。現地では5名の死者が出るという災害になり、港に着いたら届けようと船内で募金を集めていた。私も、買い物はもう出来ないかもと思い、持っていた小銭を全額寄付した。
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10/13の夜半、やっとマンサニージョ港に到着。すでに旅の予定は変わってしまい、ここから飛行機で帰らなくてはいけない人達がいた。翌朝、明るくなって見ると、港には大きな水たまりが残っていた。
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台風一過!?かんかん照りのお天道様の下、出かけてみると街は意外に元気だった。カジキマグロ!!
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被害が大きかったのは局地だった様子。呑気でゴメンね。だけど、せめてお金を落として行きます。とばかりに最後の買い物。
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赤ちゃん用の靴が充実!?赤ちゃんのドレス屋さんもあったから、子どもを大切にする土地柄なのかなあ?
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可愛い雑貨屋さん!もうすぐ日本に帰ることもありキッチン用品などを色々買う。きっと家事が楽しくなるぞ!
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明らかに生活は貧しいだろう人達。でも街の皆がきりきりしてなかった。それに引き替え物は豊かなのに、ストレス社会の日本てのは何なんだろうね!?同じことを感じた人達と、船に戻ってからしみじみ話し込んだ。
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翌日昼過ぎ、いよいよ出航。さようなら、アメリカ大陸。そして、すべての寄港地で出会った人達。・・・
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マンサニージョの人達が見送ってくれた。タグボート、ヘリ、地元の人達。灯台の下から子ども達も手を振ってくれている。思わずホロリ。
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ハリケーンで港も水没し、世界中の船が着陸待機を余儀なくされた。たくさんの船が待つ中、私達の船が一番で港に入らせてもらえたのは、ピースボートであるということが大きかったのではないかと思った。
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それは、平和を運ぶ日本の船だからである!私達は平和憲法に守られているのだと、沖に並ぶ外国船を見て、つくづく痛感した。(Y)
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by mokelembembe | 2012-06-19 11:51

アカプルコ!

10/8は、メキシコのアカプルコ港へ到着。ルームメイトの一人がここで船を降りて、南米への旅を始めることになりお別れ。寂しい気分を残しつつ、もう一人のルームメイトとタクシーに乗って、運ちゃんオススメの崖っぷちダイビングショーを見に行った。海パン一丁で危険なダイブを見せてくれたお兄ちゃん達、きっと大した儲けはないんだろうな。見物料たったの4$だもん。
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調子のいい運ちゃんだったけど、お土産屋に連れて行き散財ばっかしさせようとするので、いいかげんうんざりして港に戻って欲しいと頼んだ。
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メッチャ辛いけど旨いランチを済ませ、地元の人が利用する海岸で遊ぶことにした。貝が取れるらしく、脇でおばちゃんがさばいていた。
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砂が米粒ほどデカくて、歩くと痛い。沖に向かって泳いでみると、すぐ近くで足が地面につかなくなった。ヤバい!準備体操してなかった!深くなった途端冷たい海水に触れて足がつりそうになり、慌てて陸に引き返す。
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街には、日本で最近見かけなくなったシルエットのフォルクスワーゲンがやたら走っていた。
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夜はルチャ・リブレ(メキシコプロレス)観戦へ。少しの間、ピースボートに同乗してお話してくださったウルティモ・ドラゴンさんがトリ!初めて生でプロレスを観たが、すごい技だった。
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治安が悪いため、日が暮れた後、徒歩移動の間、私達に地元警察の護衛がついた。「くっついて歩いて!」とどなられるので、プロレス好きの友達に露店のマスクをお土産に買うことが出来なかった。(Y)
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by mokelembembe | 2012-06-19 11:02

プエルトケツァル!

10/6はグアテマラのプエルトケツァル港に到着。治安が悪いという印象だったから、数ある種類の中でも一番好きな「グアテマラのコーヒー」が1杯飲めればいいや。と思っていた。
港のコーヒーショップで、大きなカップのコーヒーをいただく。現地で飲めるなんて!それだけで感激。しかも、たった2ドル!更に店内に併設のコーナーで、4ドルの葉巻を買い吸おうとしたら、「葉巻吸うならもう1杯どうぞ」と無料でコーヒーを注いでくれた。なんて素晴らしい所なんだ!?ガブガブになりつつ感動の嵐。
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そして、何て美しい港なんだろう。のどかな景観だけでなく、ハンモックが揺れる傍らでバラフォンの音色が響き、白いテントが無数に並び、手の込んだ工芸品が売られている。すぐに見物に出かける予定が、ルームメイトと一緒にすっかり魅了されてしまい、お土産をたくさん買った。一度船に仕舞いに戻り、午後からタクシーでアンティグアへ。
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丁寧なガイドさんが案内してくれるタクシー。行先も相談で決める。ちなみにガイドさんの息子さんはアメリカで、日本のアニメの製作に関わる仕事をしてるらしい。オススメの所へ連れて行って。と言うと、有機栽培のコーヒープランテーションと、オリジナルな織物の工房が一緒になっているお店に連れて行ってくれた。(似合いそうだからか?)なぜか私にだけ、マヤの民族衣装を試着させてくれた。
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アンティグアは、かつてグアテマラの首都だったが、大地震で被害を受けたとかでグアテマラシティへ移ったそうだ。現在は、古い街並みが残る観光地となっている。
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現地の人々の暮らしは大変そうで、靴磨きの少年も近づいてくる。私はサンダル履きで磨いてもらうことはできず、もっていた日本の飴をあげたらニコッと笑った。その子は、まだ小学1年生くらいの背丈だった。日が暮れると、ガイドさんが「もう港に戻ろう」と言った。夜は特に危ないのは事実だそうだ。
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10/6翌日は、小学校の子ども達との交流コースに参加。ものすごい歓迎を受ける。彼らが自力で出かけて来て日本人に会うということは出来ないからだ。
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スラム街の小学校と聞いて何となく可哀想なイメージを持っていたが、そんなのぶっ飛ぶくらいの明るさ!キラキラの笑顔だった
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歓迎の踊りや劇を披露してくれた。呑気な踊りから、爆竹が炸裂する演出にはビックリ!マヤは謎深い・・・
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こちらからは例によって、日本の文化、書道で皆の名前を書いてあげたが、長蛇の列になりヘトヘト。
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トイレの所まで飾り付けをしてくれて、心のこもった歓迎に感動。
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一緒に遊んでお別れの時、学校から私達全員にグアテマラTシャツのプレゼント。いいのかなあ?
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外には近所の人達も集まり、手を振って見送ってくれた。コーヒーしか知らなかったグアテマラが、大好きになった。(Y)
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by mokelembembe | 2012-06-16 13:53

バルボア!

10/2、パナマの先住民族であるエンベラ族のエンベラ・ケラ村へ交流ツアー。川の船着き場から、ビーズの腰巻?を身に着けた男性が、船頭さんをして連れて行ってくれた。
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木の上からサルが手を振ってくれたジャングルを進むと、村が見えてきた。歓迎の音楽が近づいてくる。
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素朴で美しい光景。夢みたい。
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赤ちゃんはハンモックで寝かされる。お母さん達は、私達のご馳走を作ってくれるのに忙しい。
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村のお医者さんが、薬になる植物を色々教えてくれた。
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基本は自給自足だが、観光も受け入れて、現金収入も得ているそうだ。(村民が大病などで病院にかかる費用など、やむ負えない支出を補うためだという)宿泊施設も完備。二階にあがってみたら、屋内にアンテナがあってビックリ。
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一緒に踊ったり、遊んだり、民芸品を売ってもらったり、色々交流した。以前、この村の方々は別な場所で暮らしていたらしいが、国境近くだったため治安が悪く、4年前に移転してきたとか。未来ある若い人達に自治を任せているという話が印象的だった。腐った政治を塗り替えられない、先進国と呼ばれる国よりも、ずっと発展的な印象を受けた。
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帰りの船着き場で、傘など無意味のスコールに降られた!パンツまでビショビショのまま「また来てね~!」と見送られる。よほどのご縁がなければ、また行くことは出来ないだろうな・・・ありがとうエンベラ族の皆さん。(Y)
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by mokelembembe | 2012-06-08 10:25

パナマ運河通航!

10/1の早朝、パナマ運河に入った。運河がつなぐ大西洋と太平洋は、海面の高さが違うのと、標高が高い陸地を通過するため、水位を上下させながら山越えをする特殊な門をくぐる。(こう門と呼ばれる)
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両側にレールがあり、かわいい車が船を引っ張ってくれる。
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周囲にはジャングルが広がる。朝日と、水が溜まるのをのんびり眺める。
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ひとつの門を閉めて、水を溜め、同じ水位になったら門が開いて船が進む。という作業を繰り返す。
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思っていたより、早く水が溜まった。車君たちお疲れ!
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もっと大きな船が通れるように拡張工事するんだとか。
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ワニもいるらしい運河を更に進み、私達はプールで遊んだりして過ごし、夕方バルボア港に着いた。(Y)
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by mokelembembe | 2012-06-08 09:50

カルタヘナ!

9/29はコロンビア!中米の海の色。パレンケ村の交流コースに参加。
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かつてアフリカから奴隷として連れてこられた人々が、スペイン人を振り切り、逃げて逃げて行った先にパレンケ村を作った。
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現在では独立した村として、独自の文化を形成しながら、なるべく自給自足で暮らしているという。ここは村のコンビニ。
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中央の集会所で交流会!アフリカ~♪アフリカ~♪というパレンケ村のテーマソングでオープニング。
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パワフルなアフリカンダンス!でも、歌はキューバの要素とミックスして、オリジナルな音楽を作り出しているそうだ。CDも売っている。(彼らの収入源)
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お礼に、こちらからは日本の文化を。得意の書道で名前を書いてあげたら、さらさらっと真似して書いてしまった少女!
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女性の髪の毛を編み込みするのも、パレンケ村の文化のひとつ。
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複雑な編み込み模様は、奴隷から逃げた山の道を、仲間に告げるための秘策だったとか!?すんごいアイディアに脱帽。(Y)
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by mokelembembe | 2012-06-05 14:11

サントドミンゴ!

大西洋の色。きれい~。
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9/27、やって来たアメリカ大陸へ。最初はドミニカ共和国、日系移民の方々との交流コースに参加。日高さん御姉弟に案内していただき、広島から種を持ってきた被爆アオギリを見に行った。なかなか芽が出ず、ご苦労されたらしい。姉のとしえさんがお世話をしてくれている。「被爆を乗り越えた日本の力をアオギリから感じる!」とおっしゃっていた。「遠くにいるからこそ、日本への想いが強い。国内にいる方々はあまり感じないのでしょうね・・」とも。
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日高さん一家は御兄弟が子供のころ鹿児島から、ドミニカ共和国のハラバコアに移住してきたそう。当時の大統領が親日家で、交流があったのか?日本政府が「カリブの楽園」と称して移住を推進したそうだ。しかし、戦後なけなしの財産をつぎ込んでまで行った先は、楽園どころか地面に塩を含み、作物もできない場所だったという。更に、日系移民の移住先は国境沿いに並んでおり、「人間の盾」にしようとした作戦も明らかだという。ううむ、日本という国は、自国の民を守ってくれないのね?・・・現在80代の丸山さんもかけつけてお話をしてくれた。心ある現地の人達に助けてもらいながら何とか生きてきたという体験談は壮絶で、皆一緒に泣いてしまった。長男のまさるさんと。
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最古の軍事基地?軍隊のない国のひとつと思っていたのだが、それはドミニカで、違う国だから軍隊あるのね。
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日高さんの弟まもるさんが通う教会へ、特別に入れてもらった。ここは観光に開放はしていないが、古く貴重な教会らしい。
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建物が、階段が、やたらとサンゴで出来ていた。
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地球の裏側で、日本を想う人達と出会った。強くて優しい笑顔だった。(Y)
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by mokelembembe | 2012-06-05 13:51


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