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モケレンベンベ・プロジェクト
by mokelembembe
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小さな命

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余震がまだ続いているので、東京でも不安な日々は確か。被災してない私達は、平常どおりを心がけるべきだが、我が家の兎にもストレスが掛かり、震災以来夜中に頭を撫でないと騒ぐようになってしまった。

先の日曜、27日は世田谷パブリックシアター主催の「地域の物語」演劇ワークショップの発表会を無事に行うことができた。
本当は、劇場で上演する予定だったが、諸事情あり稽古場で開催した。
元気で再会できた参加者の皆さんや、見に来てくれたご家族、ご友人、近隣の方々と、温かいアットホームな発表会になった。
震災で途中中断していたため、未完成かつ稽古不足での発表だったが、ワークショップとしては相応しい場であった気がする。
私は出番じゃない時間、ずっと後ろから全体を見渡していたが、そこにいることだけで皆さんが安心しているような感じを受けた。このような場は、やはり必要だと感じた。

翌日、朝の光を映すリンゴ。なんてキレイなんだろう。ただそれだけで感動した。
まだ多くの人達が、果物を口に出来ていないのかな・・・辛くなるけど、元気を出して生きなければ!と、リンゴを感謝していただきます。(Y)
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by mokelembembe | 2011-03-31 10:57

下町紹介・その6

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あさって我が家に、弓野恵子さんが公演の相談を兼ねて、アイヌ料理を作りに来て下さるので、新しいお皿をかっぱ橋に買いに行く。

素敵な器の店で、いいのを発見!横から「それ使い安いですよ」と作務衣姿のいかした店員さん。「じゃあ9枚ください」と言うと「足りない分を裏から出して来ますね」と嫌な顔一つせず爽やかな対応!
内心は「安いんだからキリのいい数で10枚買えよ」と思っているかもしれない。(よく似た感じの皿が一枚あるから節約なのだ)
よく嫌な感情をあからさまに見せる店員に遭遇することがあるので(容姿にだけはどうも自信がありそな人、または逆に自信が持てず投げてるような人)、自分が接客のバイトをする時は態度に気をつけてきた。だから、イケメンなのに感じがよいのは感心した。
更に、レジで地震の話をしていたら「大きな揺れで上の階の食器はかなり割れました」と言うので、「上は高価な食器なのに勿体ない!」と私が言ったら、「いや、スタッフもお客様も皆無事だったのがよかったですよ」と、どこまでもいかした店員さんで脱帽!

帰り道見つけた「COffee SHOP TEA」と「松葉ずし」も力が抜けるインパクトに脱帽!?

心がほっこりした。(Y)
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by mokelembembe | 2011-03-25 00:40

生かされている命

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3月11日金曜日、春休みで家にいた息子と二人で自転車に乗り、浅草公会堂で催された「東京大空襲資料展」を訪れていた。

前日10日は、言問橋たもとの隅田公園で追悼式があり、それにも二人で参加した。
昨年の5月『桃の実』初日に終点の三ノ輪橋で、下町大空襲の体験をお話しして下さった中川文子さんとも再会できた。

11日は催しの最終日で、13時からの浅草寺周辺戦跡巡りがあるというので参加した。
公会堂からぞろぞろ出発し、観光客で賑わう通りを抜けて浅草寺へ。慰霊碑がいくつも建つ由来も教えてもらったが、一番には何本かの大きな銀杏の木が、66年経った今も、空襲の惨状を体で見せてくれているというお話しだった。
真ん中を爆弾に貫かれた姿、黒焦げで、枯れたようにも見える銀杏の木だが、上を見上げると新しい枝が元気にたくさん伸びている。案内の方が当時の写真を見せてくれたが、比べると随分大きく成長したのが解る。

私達は次回予定の公演で、アイヌ民族の弓野恵子さんから「たくさんの恵を与えてくれる、木を巡るお話にしたら」というアイデアをもらい、台本を書いたところだが、本当に木はすごいんだ!と思った。
声は無くとも、じっと根を張り、あの日逃げることも出来ず熱さに耐え、その後ずっと立ち続けて傷ついた体をさらして生きている。痛みを越えて、新しい芽を生み出している。
木は生き証人なんだ!と息子と声を重ねた。

終了後、浅草公会堂に戻り、3階で行われていた「大空襲とヒロシマ被爆体験を聴く会」に参加した。
既に体験発表は、戦跡巡りの最中に終わってしまっていたが、ディスカッションなどが行われていたので聴いていた。
その時突然、地震が発生!
建物が頑丈らしいのと、会議室で物が少ないため、大して危険は感じなかった。しかしあまりにも長く揺れていたので、とりあえず机の下に潜った。大きなのが2回。小さい揺れもしつこく続いていた。一緒に潜った隣の席の男性は、昨年のこの場で大空襲の体験をお話しして下さった方。「東京でこんなに長く揺れるなんてずっとなかった。震源地は相当な被害なんじゃないか?」と言っておられた。
主催者がケータイですぐ調べ、「宮城県沖が震源。都内でも天井が落ちるなどの被害!」と言ったので、驚いた。

外へ出ると、街は別段混乱しているようには見えなかった。
「この辺は大したことなかったのかな?」などと話し、続く余震で揺れながら遅れた昼食のラーメンを食べ、また自転車で帰宅。道すがら、外壁が落ちているビルもいくつかあった。

自宅は6階だが、落下物も少なかった。ホッとしたところに札幌の母から「無事か?よかった。大変なことになってるよ!」と電話があり、テレビをつけて固まった。

見たこともない巨大な津波が、あの穏やかな数々の港街を飲み込んでいく映像に、ただただ震えるしかなかった。
釜石、気仙沼、仙台、いわき・・・かつて劇団時代の旅公演で訪れたことのある街が、目茶苦茶に破壊されていく様子に愕然とするばかり。頭に浮かぶのは、美味しい海産物を食べさせてくれた人達、温かく私達の芝居を観てくれたたくさんの人達はどうなったんだ!?ということばかり。

東京でも電車が止まり、帰宅難民となった人達が溢れているのに、幸運にも夫は近くに仕事で来ており、動いていた都電に乗り(公演でお世話になっているチンチン電車で)、なぜかいつもより早い時間に帰宅した。会社にいたら、遠いのできっと帰れなかっただろう。

なぜこんなに助けてもらえたのだろう。私達は、生かされているとしか思えない。
私達に出来ることは何なのか?役割があるなら、ちゃんと担いたい。それが、恩返しだと思うから。
表現の友から「今後被災地に慰問に行くこと、もちろん考えてるでしょ?俺は行くよ」とメールが来た。

無傷の脳天気がどう励ませるのか、内容に苦しむ。既に図書館に走り「心の傷を乗り越える方法」が書いてある本を借りてきた。
絵を描くこと、字を書くこと、歌うこと、踊ること、体を動かし遊ぶこと、演じること・・・

やってきたことが、誰かの笑顔に繋がるなら力を尽くしたい。
これまでの公演のアンケートを読み返すと「明日も生きて行こうという力をもらった。」と書いてあるのが幾つもあった。

見えない放射能や余震ごときにビビる自分を奮い起こし、お前にも人を励ます力があるのだ!と言い聴かせている。
でもどうすれば役に立てるのか具体的な方法がわからない。誰か教えて下さい。(Y)
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by mokelembembe | 2011-03-23 11:52

高校生版『桃の実』試演会!

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3月20日は茅ヶ崎へ、久しぶりに元気な高校生達と再会できた。学校が違うメンバーなので、試験の日程がズレているから、勉強もせねばでやむを得ず、二週間も稽古をお休みしていた。
13日に鬼稽古して遅れを取り戻そう!と予定していたが、その二日前に東日本大震災が発生し、後の余震も頻繁で、原発は爆発するし、電車はまともに運行できない状態で、更に稽古を休むしかなかった。

こんなで上演出来るのだろうかと不安にもなったが、余震の回数も減り大分動ける感じになってきたので、茅ヶ崎へまた電車に乗って行くことが出来た。

戦後生まれの私達は、稽古の中で白黒写真を見ながら、被爆した街の惨状を必死に想像してきた。しかし今回の大津波に襲われた港街の光景は、言葉にもならないほどの想像を超えた現実だ。私達が初めて直面する恐怖の惨状である。
しかし私達はそれをテレビで見ているだけだから、被災の現実はもっと過酷に違いない。

更に自然災害だけでなく、原発の事故により、被曝の恐怖も身近になった。
このような時に『桃の実』を上演することは、さらに意味を持つのかもしれないと話し稽古を再開した。

もう明日はお客様を迎えて試演会なので、最後に一度、衣裳も着けて本番通りやってみた。
見ていて、現在の被災地とダブり涙が出てしまった。

たった今も、きっと寒さに耐えて助けを待つ人がいる。それなのに、私達はすぐさま助けに行くことも出来ない。
早く復旧出来ることや一人でも多くの人が助かること、困難を乗り越え未来に希望が持てるよう、願いを込めて『桃の実』を上演する。今はそれしか出来ないけど、これからを担う若いメンバーが演じる意味を確認した。

夜は月明かりが異常に明るかった。何でも、月が地球に一番近づく時だとか。はっきり見える表面を撮りたかったが、写メでは無理かな・・・

翌21日の試演会は、あいにくの雨模様だったが、20人以上のお客様が来て下さった。

電車に見立てて椅子や机を並べて上演。緊張して数々の失敗はあったが、皆さん「見て良かった」と言って帰られた。
原作者の小笠原さんも、また応援に駆け付けて「被災した人にも再生の希望を与えられそうだ」と言って下さった。

原爆や戦争の恐ろしさだけを伝えたい訳じゃない。私達が伝えたいのは、どんな時も立ち上がろうとする人の強さだ。

それを伝えてくれた高校生が居てくれることは、本当に大きな希望である。

被災地の女の子も言っていた。「地震に潰されるような私達じゃないですから!」と。
今時の若者に、力を見る想いだ。(Y)
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by mokelembembe | 2011-03-22 20:38


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