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モケレンベンベ・プロジェクト
by mokelembembe
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静かな札幌・・・

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東京初日に取材に来て、見開きカラー版の大きな記事にしてくれた北海道新聞!地元読者が多いから、効果大でしょー!?と喜んでいたが、夕刊だったためか思いの外予約に繋がらず、間際まで35名ほどしか集まっていなかった。
他の新聞社や色々な方も応援してくれて、行ったら何とか倍の70名には増えた。でも最終回が5名のまま予約が動かないので、大通り公園でチラシまきをしてみた。
私はこれまでバイトでティッシュ配りなど散々やってきたから、他のメンバーより渡すのが上手く、くつろいでわりと受け取ってくれる公園から出て、交差点近くの街角に立った。

道行く人、特に若い人を眺めると皆が皆バッチリオシャレしている。そんなに足早ではないからチラシを差し出すと、皆死んだような目つきでシカトする。「電車で演劇やりますよ〜!」とか調子よく言っても無反応で、まるで何も見てないふりで去って行く。何て冷たいのだろう・・・東京は冷たいと言われるが、まだマシだ。「忙しくて受け取れない」という苛立ちや何か、受け取ってくれない人からも感情が伝わってくるし、人種のるつぼだからか反応は様々で、世の中色んな人がいるもんだと楽しくも思える。しかし札幌のオシャレさん達の無反応は一様で、その冷たさに、途中から笑いが込み上げてきた。何だ?この死んだ感情は?
でもきっと一様にしかなれない札幌の事情があるのだと、ビルが建ち並びチェーン店が乱立し、札幌ならではの個性を失った街の風景を見渡した。

夜は、ホッケの刺身や生のポテトサラダ、ホワイトアスパラの焼いたのなど、メンバー一同舌鼓を鳴らして気合いを入れた。
 公演日は、何と数十年ぶりだという猛暑!北海道は電車にクーラーが無いから汗だっくだく!!
途中から窓を開けたが、札幌のチンチン電車は音がとても静かでちゃんとセリフは届いた。
「この暑さがあったからこそ原爆をリアルに感じたのかも。」というお客様の感想に、偉い!と関心してしまった。最終回は当日のお客様が2名入り、何とか出演者より多くなってくれたので安心した。しかしこの人数は、電車公演を始めて最少記録である。それはそれで、一人一人に丁寧に語りかけ、お客様も熱心に観てくれているのを感じた。人数が少ないなりに凝縮した空間になると知った。すすきのでは全員のお客様が、何十人分の大拍手で迎えてくれた。温かくて、泣きそうだった。

後でアンケートを読むと「私も原爆のことを表現してもいいんだと思った。」と書いてあった。
ずっと考えていたのに、語れない雰囲気が周りにあるのだろう。
北海道にも存在する志ある人の背中を、私達が少しは押してあげることが出来たのだろうか。
そんなことを静かに考えながら又、ジンギスカンとソフトクリームを食べて帰った。どこでも食べてばっかり?(Y)
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by mokelembembe | 2010-06-30 09:39

ほのぼのほの国!

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豊橋は、実際どんなところかわからず、公演をやるとその土地に住む方々の雰囲気や人柄がわかるので、一同楽しみにして行った。
まず、豊鉄さんは親切!至れり尽くせりのご協力。色々本当にありがたかった。

お借りした車両は、昭和18年製。劇中の「広電家政女学校」がちょうどその年に開校だったから、何とも巡り合わせ。あやめ祭の後なので、華やかなラッピングが残っている。今年引退になるかもとのことで、華を沿えられたかな。

お客様はとても乗りがよく、始まりで拍手が沸いたのは初めてだった。こうなると、役者も乗って来る。

初回には、ご主人の転勤で豊橋に移住したという元広電家政女学生の茶納さんがご乗車下さった。被爆の恐ろしい記憶を思い出すのに、勇気を出して観に来て下さった。
終演後「あなた達があんまり上手に演じてくれるから涙が出たよ。」と言って、女学校時代のセピア色に染まった写真を見せてくれた。

一日目の公演後夕方、FMラジオに生出演させて貰ったら、次の日リスナーが数人観に来てくれた。地元のビビッドな反応に、これまたビックリ!

夜祭り。喫茶店のモーニング。美味しいちくわ。新感覚のカレーうどん・・豊橋と友達になったところでもうサヨナラ。

公演が豊橋空襲の日に重なったので、帰りに慰霊祭の灯籠流しに参加した。今回応援してもらった安間さんが会長の「空襲を語りつぐ会」主催。
65年前、空襲で焼け出された多くの人達が水を求めた川に、願いを書いた灯籠を流した。ゆったりと流れていく光の数々は、尊い命のように綺麗だった。

豊橋は、ほのぼのと温かかった。東京から新幹線だとあっという間だから、また行けるかなぁ。ありがとう!ほの国、豊橋。(Y)
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by mokelembembe | 2010-06-23 09:10

高知の桃の実

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『桃の実』に登場する女学生と同世代の、高知の元女学生がたくさん公演に来て下さった。
実際、彼女達も高知空襲を経験しておられる。

ちなみに、高知空襲がひどかった所は龍馬さんの生誕地付近で、今は石碑だけになってしまった。空襲で焼かれた家が今も残っていたら、どれだけの観光スポットになってただろうと思うと、あーもったいない!戦争は、何だって破壊してしまうんだ。

今回の旅では、各地の空襲についても地元の方と語り合えたらと考えています。高知で直接体験を聴かせてくれる方は見つからないかなと思っていたら、何と、山ちゃんのお母さんがその方だったのだ!
山ちゃんは、劇団時代に一緒に旅した昔の仲間。
私達が退団する少し前に、お父さんが倒れて高知へ帰り、学習塾を継ぎ、今は一人で170人の生徒を教えてるという立派な「先生」である。

20数年来の再会!なのに今回、仕事の合間に駆けずり回ってくれて、高知公演は山ちゃんによって何とか成立させて貰った。
その母上が、当日たくさんの同級生を連れて観に来て下さった。
現在も続く歴史ある女学校に通っていた当時のお話を聞くと、やはり学校は学校ではなくなり、皆で毒を入れる紙風船を作っていたそうだ。
それも日本の武器として、アメリカに飛ばしたというが、想像しただけで虚しくなった。
虚しい武器をせっせと作らされていた青春時代。彼女達の想いはどんなだったろう。家も焼かれ逃げ惑い、命からがら爆弾を逃れた経験もしたという。目の前で明るく笑う80代の女性の歴史を想像した。

「いいお芝居で感動しました。又高知へ来てね!」と、元女学生から帰りに本物の桃の実を貰った。高知の桃の実。やさしく甘い香に、感動をこちらが与えて貰った。

公演窓口を担ってくれた岡村さんも、最後の回にご乗車下さり、かわいい小夏をお土産にくれた。
高知の皆さんありがとうございました。若い学生さんもたくさん観てくれて「来年も待ってるから!」と言って下さり、もう泣きそうでした。

またいつか行けるかなぁ。モケレは虹とともに現れるものだから、またいつになるのかなぁ。行けたらいいなぁ・・・(Y)
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by mokelembembe | 2010-06-15 09:54

鹿児島のエナジー!

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『桃の実』大阪公演の次の週は鹿児島公演。
今度はコースが全然違う状況で、交通局の車庫から出発(道路に出る時信号待ちがある)、谷山終点で運転手さんに即移動して貰い(どこの場面であっても劇中車内を横切っていただく)、折り返して鹿児島中央駅経由でぐるっと回って、交通局に戻るという特別コースを走っていただいた。

私達役者は全員、新たなバージョンに対応しながらハラハラドキドキ。
また、数日前に歓迎?の桜島大噴火による灰にまみれ、各回プチハプニングを勃発させながら、それでも公演はまたまた満席で盛況に終了した。

運転手さんは毎回違い、特別に貸して下さった古い警鐘をちゃんと練習して響かせてくれた方や、ご協力願いに戸惑いを隠せない方、「運転しながらセリフ聴いてました。いいお芝居ですね!」と後で声かけて下さった方、色々だった。

私達の不安や疲れを和らげて下さったのは、地元応援者・鹿児島『桃の実』実行委員会の皆様方。
まず初日に歓迎会。温泉入って楽しく飲んだ後、さわやかなパンチの効いたキーマカレーが実に旨かった!

宿泊は、船倉さんのお宅に皆で雑魚寝。翌朝起きると奄美郷土料理でじっくり煮込む鳥ガラスープをかけていただく「鶏飯」の贅沢な朝食が待っていた。(郷土料理)
二泊目も手の混んだサンドイッチにスープ!体も心も温まり、芝居のエネルギーを貰った。

帰る日は忙しく打上げできないからと、次の夜も飲み会で又皆さん集まってくれた。
私達の持って行く芝居は小さい。だけど、そこにまつわるたくさんの出会い、それぞれの想いの交流は、かなり大きいぞ!と実感しながら鹿児島を後にした。

鹿児島の皆さんありがとう!!ああ、またいつか行けるかな・・・(Y)
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by mokelembembe | 2010-06-09 12:08

大阪・阪堺電車公演!

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モケレ初の大阪公演!どうなることやら不安でいっぱいのメンバーは、公演前日の夕方、コース下見に出掛けた。

神様はお昼には寝てしまうらしいから、暗くなってから来てもしゃーないかな?なんて言いながら、公演の成功祈願とお騒がせのご挨拶に、住吉大社へお参りした。
奥へ進むと、太鼓橋が美しくライトアップされていた。暗くても全然怖い感じがしないから、ここは絶対パワースポットだぞ!などと喜びつつ、橋は意外に高くて上り下りが怖かった。
明日あさって、真ん前を何度も電車で通ります。どうか素敵な小旅行になりますように。大阪でご乗車くださる皆様の心に温かいものが届きますように・・・

景気づけに、皆で「やろく」の玉子コロッケを食べてエネルギー充電!

その準備がよかったのかな?いやいや、一ヶ月前には予約がスカスカだったのを、窓口の松本工房さん、鉄道カメラマンの松本さん、歌手の大塚まさじさん、奥様で私達の黒テント時代の先輩である真理さん、堺市・守口市の市議会議員さん、など地元の方々の温かいご協力により、まさかまさかの各回満席!!にて無事公演は終了しました。
コースが少し短いため、笑える場面をことごとくカットしての上演だったのに、皆さんしっかりメッセージをキャッチして下さった。戦争体験者の方々も「あなた達の姿、リアルで懐かしかったよ!よく想像で再現したね!」と元気に励ましてくれた。大阪の方々は笑い本位じゃなくて、真面目なんだなー!と知りました。

それもそのはず大阪はかつて、何度も空襲でやられた街だそうだ。悔しいのは、終戦8月15日の前日の空襲。負けるとわかっていたのに爆弾を落とされた。なぜなのか?落とした国に聞いたらば、単に爆弾が余っていたからだそうだ。人は人の命を何だと思っているのだろうか?大阪は、たくさんの悔しさを笑いに変えて乗り越えてきた街なのかもしれない。

帰り道の折り返し電車で、全駅に貼ってくれてた『桃の実』ポスターをひとつひとつ見ながら、大阪の皆さんとの温かい出会いの感動を、そっと胸にしまい込んだ。(Y)
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by mokelembembe | 2010-06-04 11:17


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