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なんて美しいエーゲ海の色!
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8/23、ルームメイトと3人で港を出発。スリが多いというから必要と思う分だけ換金。お金はユーロである。しばらく駅の改札を探したが見つからず(駅の裏側に居たと帰りに判明)仕方なくタクシーに乗ってアクロポリスへ。
道路沿いには「sex shop」が建ち並ぶ。お土産品もエロいのが多い。なんだかギリシャはエロいなあ・・・ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
8/20,21はイスタンブールの港に船を2日間停泊していたから、ゆっくり街歩きをした。ガラタ橋から美しい風景と海の色を眺める。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 単純に楽しんだのだが、この港が貧しい女の子達を物同然に売りさばく、人身売買の拠点になっている事実を後で知って愕然としたのだった。(Y) ![]() 地球一周報告は一旦お休み。先日開催した、品川でのハポネタイ演劇ワークショップをご報告。 ハポネタイとはアイヌ語で「母なる森」の意味だそうで、毎年秋にアートフェスを開催している。今年6月の『流光の風をたどれ』公演に出演してくれた恵原詩乃さんとお母さんが、清水町の山のふもとに得た森なのだが、最寄り駅は御影(帯広の近く)。とはいえ徒歩圏内ではない。なのに、毎年数百人もが訪れる。それだけ魅力がある森なのだろう。 森の木々に、作品を展示したり、野外ステージでライブをしたり。現代を生きるアイヌ民族を紹介する個人史館プランや、チセ(茅葺きの家)作りも着々と進めているとのこと。 その中には、アイヌ民族としての誇りを後世に伝えたいという想いもあるそうだ。傍で聞いていてもワクワクする森の物語。来年はハポネタイで影絵を上演しよう!ということになった。 モケレの劇中で影絵を挿入したのだが、好評だったので新作をつくろうと話していたからだ。今度は本物の森でやれたらステキかも!?(6月の公演はグリーンの布で作った森の舞台だったから)との構想が、実現に向けて動き出したのだ。 まずはみんなで体を動かし、声を出してみよう!の段階から、私達が長年親しんでいる演劇ワークショップの方法でやってみた。慣れ親しんだ歌やゲームでも、アイヌ語でやってみたら実に新鮮!しかも、アイヌ語に詳しい参加者が「地域によっても言葉は違うから、この表現でいいのかな〜?」などと悩み出しゲームが進まなかったりで大爆笑!! 「6月の公演で、最後みんなの輪踊りになったあの緩さが楽しくて、今日も参加した。」と言ってくれた参加者がいたけど、私達の目指す場づくりはそこにある。何でも完成度やスピードを目指して、人の気持ちをないがしろにする表現など、やっても意味がないと常々考えている。かといって緩いことが、ダラダラ不快な気持ちになることだってある。そういう意味で、ハポネタイを軸にして集まったメンバーは、緩さと集中力の両方を合わせ持った心地の好い人達だった。劇も即興で、実に楽しいものが出来た。 ハポネタイへは私もまだ行ったことがない。来年は是非、チセ作りのお手伝いもしてみたい。 ハポネタイの想いに共感できる人、一緒に行ってみませんか? ちなみにハポネタイのオリジナルグッズもあり、エコバッグは超オススメ!生地がしっかりしていて、地球一周の旅で私もお世話になった。あの丈夫さで1500円は安いですよ~!(Y)
8/17は朝飯前、厳戒態勢の港を出てバスに揺られ3時間のツアーに参加した。さすがに早くて商人達のワンダラー攻撃はなかった。でも早くから準備してるお店もあった。さすがだ!
![]() 博物館でミイラを観たけど、ラミレスさんは寝ているみたいで美しかったな~。他人の死体観て惚れ惚れするとは予想しなかった。やたらにカメラを向けてはいけないと注意受けて撮り損ねたけど、隣のビルは今年1月の革命で真っ黒焦げになっていたよ。 ![]() バスの中から見る建物は、皆未完成のビルみたいのばかりで、なんだこりゃ?と話していたら、現地ガイドさんが「中はキレイなんですよ!」と強調していた。でも、壁も窓もなく、確実にガランドウのフロアがあるビルや、人がいるのかいないのか、新しいのか古いのか判然としないビルが立ち並んで、日本で建築関係の職人の娘として育った私にしてみると、不思議な状況だった。 ![]() ピラミッド!まさかこの目で見れるなんて~!?と感激するかと思いきや、ここでも港以上の商人達によるワンダラー攻撃に圧倒され、浸る気分ではなかった。巨大なピラミッドを作った先人達の謎のパワーもすごいけど、目の前の人達の生きるパワーに驚き、私も負けじと「No thank you!」と張り合った。(むりやりラクダに乗せようとする大人商人は振り払い、少年からハガキを買った)革命が起きたばかりで、状況が安定してないのだろうか。何度か来たことがあるスタッフも、こんなに荒々しいのは初めてとのこと。下の写真も、撮っていいかと聞いたからこの笑顔。なのに後から「撮ったんだから金よこせ!」と怒鳴られたー! ![]() 世界遺産は素晴らしい。だけど、それを観る時の状況によって受けるものが変わる。日本でピラミッドを想像していた神秘的なイメージよりも、現地に行って私は、そこで観光客を相手に生きる人々の現実の方が強く心に残った。(Y) ![]()
8/16スエズ運河通航の後、夕方急にポートサイド港に下船できることになった。
![]() 港の周りを散歩する。歴史ある街で馬車も美しいが、なにせ荒れている。町内会で道端のお掃除しましょうなんて風習がないのだろうね。歩いていると、子供を連れた女性が「この子にお金を頂戴!」と手を出してくる。日本の感覚では驚くことばかり。 ![]() 道路の真ん中のスペースに、コンクリート製?のロバのオブジェがあって。妙に痩せてて、ポーズも妙だし、ってよく見たら、オブジェじゃないじゃん?本物じゃん!と叫んでも全然動かない、謎のロバくん。なんでこんな所にジッとしてるんだい?と聞いても答えるはずもなく・・・帰りには姿を消していた。 ![]() 魚屋さんの車は手製でかわいい。でもクーラーボックスなんか持ってないし、これも衛生にうるさい日本では考えられないね。 ![]() ![]() エジプトだもん、謎は多いでしょう!?と思ってはいたけれど、こういう感じなのかぁ?という感じ。(Y)
8/15は終戦記念日ということで、船の中でも色々な企画があった。私達も8/6に上演した『桃の実』台本朗読
を、もう一度再演させてもらった。夜にはプールデッキで「月と星と平和の夜」という催しで「かわいそうなぞう」の影絵やピースダンスなどが行われた。 翌16日には、紅海から地中海を繋ぐ「スエズ運河」を通航した。右がアジア側(砂)、左がアフリカ側(緑)。 ![]() ![]() この運河ができる前、アジアからヨーロッパへはグルーッとアフリカ南端まで回らなければ行けなかった。 だから「運河を通れるなんて運がいいな」 などという池上彰さんの説明リーフレットを事前に頂いて読んでいたものの、通航に約12時間かかる巨大な水の道を、よく掘ったものである。 日本政府が無償援助で建設されたという 「Japan-Egypt Friendship Bridge(日挨友好大橋)」 「平和大橋」とか呼ばれたりもするみたい。 しかし人工の河だから?水はキレイじゃないね。この日笑っちゃったのは、水着を着てデッキに出ていた人が多かったこと!プールには、いつも海水を張ってるのだけど、さすがに汚いから運河の水は引き込めなかったのかな。ところが、暑いし、ゆったりプールにでも入ったらいいんじゃない!?と考えた人達が結構いたようで、 「なんでプールが空っぽなんだよお!?」と言いながらウロウロしていた様子が可愛いかったです。イヒ。(Y)
8/13に泊まったホテルは食事もおいしくて、ベッドもゆったり。何よりバスタブがあるのが嬉しい!船旅の疲れ
も軽減するか?と思いきや・・排水栓が緩んでいるらしく、いつまで待ってもお湯が溜まらない~!?腰の位置までほどのお湯に浸ってじーっとしていたら深夜に及んでしまった。ホテルにもパレスチナ難民の青年が来てくれたが、移動が多くて疲れていた私は、睡魔と闘いながらしかお話を聴けなかった。ゴメンなさい。翌14日は、バスで世界遺産のぺトラ遺跡へ。 40度の暑さといっても、日本のようには湿気がないのでさほど辛くはない。自然の岩の美しさと、そこに人間の手が入った驚くべき空間。映画「インディジョーンズ」の撮影現場となったことで有名だが、その壮大さに唖然。(といっても、ラクダや馬やロバ君たちの走り抜ける砂埃や、落として行く物の臭いも漂っているので口を開けているのは危険だ!?)シークと呼ばれる谷間をずーっと歩いて行く。 ![]() 壁面には、かつて人々がここで暮らしていた時に水を流していた道が続いている。足元には敷石がある所と無い所がある。これは、一面に敷かれていたらしいが、いつかの大地震で崩れてしまったらしい。結構大きな敷石なので、馬車などが走ってくると凄まじい音を発生させる。それも含めて大迫力に圧倒される。 高くそびえ立つ岩肌は、マーブルの何とも言えない色彩美。 ![]() 10ドルとおじさんが言うので、乗らないと言うと「特別に半額にするよ」と小声で言った。「じゃあ乗るか」とロバにまたがろうとすると、ガイドさんが、ふっかけられているような私を助けてくれようとしたのでしょう。「一律8ドルでお願いします!」とたしなめた。おじさんはニンマリ。劇場の先にもっとすばらしい所があるよ!と張り切っている。私はテンションが下がり、どこまでも続く壮大な世界遺産空間にも疲れてきていたのか?「戻って欲しい」と言った。「戻っちゃうのか!?」と明らかに呆れ顔のおじさんに「いいから戻って」と伝えた。あ~あ、本当はあのギリシャ劇場に立ってセリフの一つでも吐いてみたかったのに、どうしてこうなっちゃうのかなあ?・・・・ロバに揺られる間抜けな自分の影をぼんやり眺めていた。![]() すると真正面から、ハイヤー!という叫び声と爆音が聞こえ、顔を上げるとラクダが数頭暴走して来た。乗っている兄さん達は鞭を振り上げ超ハイテンションだ。わあ!ぶつかるー!と目を見開く私をよそに、おじさんはのんびり「どうどう」とロバを若干脇に誘導させた。ますますテンションが下がり、なんか自分がひどく小さく感じた。 一番有名なエルハズネ(アリタス4世のお墓・周辺の文化を混ぜ10年以上の歳月をかけて作ったという素晴らしい装飾)まで戻って約束の8ドルを支払い、あとは一人でトボトボ歩いて帰った。早すぎて集合時間の1時間も前に戻り、誰もいないので野良猫を眺めながらアイスを食べた。またしてもトホホチックだ。 船に戻ると、フリーでぺトラ遺跡を回ったルームメイト達が「劇場の先には、ベドウィン族が現在も暮らしている様子が見られたよ。もっと奥まで進めばよかったのにー!」と言われた。観光は、得意とはいえない私・・・(Y)
夏のインド洋は揺れる!と噂に聞いてはいたけれど、揺れるどころか、数日間まるで遊園地のバイキングにずっと乗っているようだった。
そんな中、ピースボート事務局の協力で仲間が集まり、ヒロシマの日に『桃の実』~原作:堀川惠子・小笠原信之 著「チンチン電車と女学生」1945年8月6日ヒロシマ(日本評論社)~の台本を朗読させてもらった。好評で、再演を望む声があがる。☆この上演前日、大波に向かって劇中歌を一人で練習していたら、イルカの大群が寄ってきてダイブを見せてくれた!超感動、大きなパワーをもらいました。 インド洋から紅海へ入るソマリア沖には海賊が出るということで、船内は戦時中のように灯り漏れを防ぎ、夜はデッキに出ることを禁止、危険区域といわれる場所では自衛隊に護衛してもらった。 しかし、そもそもなぜ海賊が出るのか?海賊といっても、もともとは元漁民であったりする。問題は、欧米やアジアの大企業が、ソマリア海域で海産物の乱獲や有毒のゴミを不法投棄しており、漁民の生計が立たなくなった背景があるという。 海賊にも会わず無事に紅海を進み、いよいよ砂が舞い上がる陸地が見えてきた。 ![]() ![]() 道路にやたらある横断幕は何が書いてあるのかと思えば、企業広告だけでなく「○○ちゃん、卒業おめでとう」などのお祝いメッセージもあるとか!?なんかイイな~。そういうの。日本の道路では簡単にそんなことさせてもらえないもんね。 現地の皆さんとごあいさつの後、マナバ難民キャンプを散策させてもらう。 ![]() 女性会館のテラスでで子供達の似顔絵を描いてあげたら、一人の女の子が「I LOVE YOU!」と頬にキスしてくれた。なんてかわいいんだろう!? 日本に居ると、パレスチナ問題といえばテロや宗教戦争というイメージ、理解し難く感じてしまう。しかし実際に、故郷を追われた人達に会ってみたら、なんとも純粋でやさしい人達だった。「食への感謝」「役割や世のルールを知るため」などの意味合いもあるという、イスラムのラマダン期間(断食)だったというのに、明るく迎え入れてくださり、軍隊が突然家に押し入って来たなどの辛い体験も聴かせてくれた。 キャンプを治めている人達から、日本語のヒロシマ原爆を描写する内容が書かれた紙を渡された。「日本には、原爆を理不尽に落とされた。東京だってアメリカにたくさんの爆弾を落とされたでしょう。だから、私達の苦しみがわかるはず。ここで見たことを日本に帰って伝えて欲しい。」と言われた。普通の人達が「故郷に帰りたい」という、当たり前の権利を取り戻そうとしているのだと知った。(Y)
台風で横浜出航が遅れ、海賊対策や予定のズレなどの事情で、コロンボへは上陸できないことになり、参加予定していた「象との共存・エコリサイクル」ツアーも事前に中止。まあ「ぞうさんペーパー」の商品が船内の売店でも買えたので、降りられなくてもいいや~と思っていた。ところが、事情が変わったのか?スタッフさん達が上手く調整してくれたのか、当日突然、数時間だけ上陸出来ることになった。慌てて準備して、港周辺をルームメイト達とちょろっと散歩するつもりで船を降りた。
![]() 運転手さんは裸足だよ!? ![]() ![]() 内心冷や汗をかきながら、わざわざトゥクトゥクを止めて写真を撮れと促してくれる運転手さんに笑顔で応える私。しかし、いいかげんヤバい時間だぞ!と察した時には、夕方の大渋滞に巻き込まれてしまった!!ルームメイトは携帯をかけても上手く繋がらないと言う。「お願い、早くport(港)へ行って!」と叫ぶと、運転手さんは渋滞から抜けるやいなや猛スピードで走ってくれた!キキーッと到着したのは、なぜか列車の駅だった。 どうして駅なの!?すると、ルームメイトが「Oh!No!」と叫んだ。なんと、駅の名前が「Fort」だったのだー。私達は船に乗らなきゃいけないんだ!と英語で言っても通じず(portも港だとわかってなかったみたい)青年が紙に船の絵を描くとやっと理解してくれた。 ![]() 船の出航を大幅に遅らせてしまった私達が、こっぴどく叱られたのは言うまでもない。トホホ・・・船の皆さんに申し訳ないと同時に、あの時焦っていたにせよ、散々走ってくれたトゥクトゥクの運転手さんには、別に米ドルでもよかったのに、もう少し落ち着いて渡せればと悔やんでいる。ずっと忘れられない間抜けな後悔です。(Y)
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